よくかんで食べることの大切さは誰もが理解している。高齢者では、かむことが痴ほうの予防につながるとの指摘もある。しかしなぜ、「かむ=咀嚼(そしゃく)」が重要なのかという科学的な証明はまだ十分ではない。最近、寿命を1年ほど短くした実験動物の老化促進マウスを使った研究で、咀嚼機能の低下が脳に悪影響を及ぼしており、寿命を縮めるというデータが相次いで示された。
空間認知能力に衰え
岐阜大医学部の小野塚実講師(解剖学)らの研究グループは、若齢期(生後2〜3ヶ月)と老齢期(同10〜11ヶ月)の老化促進マウスで実験。上あごの臼(きゅう)歯を抜くと、老齢期のマウスでは空間を認知する能力が著しく低下することを突き止めた。
1日に4回ずつ一週間、プールを泳がせ、水面真下に隠れた台を見つけるまでの時間を計る「水迷路テスト」を行った。マウスは台がある場所をプールの周囲に見える物体との位置関係で学習していく。若齢マウスは抜歯の有無に関わらず日を追うに従って急速に平均時間を短縮したが、老齢マウスのうち抜歯群の短縮ピースは特に鈍く、一週間後も若齢マウスの4倍以上の時間を要した。
神経細胞が減少
次に、抜歯した老齢マウスの脳を調べると、記憶に関与する海馬の「CA1」という部位で、神経細胞の数が著しく減少するなどの変化が起きていた。
抜歯したマウスでは影響がほとんど見られなかった。グループの渡辺和子講師(生理学)は「脳に入るさまざまな刺激は神経細胞を活性化させるが、老齢期は若い時期に比べて刺激が少なくなる分、咀嚼による刺激の比重が大きく、抜歯の影響が出やすいのではないか」と推測。「高齢者の痴ほうを予防する上で、咀嚼機能の維持は重要な対策のひとつになる」と指摘する。
一方、歯の喪失が全身の老化に及ぼす影響を調べたのは朝日大歯学部の飯沼光生・助教授(小児歯科学)らのグループ。老化促進マウスを@上下の臼歯抜歯A上あごの臼歯抜歯B下あごの臼歯抜歯C抜歯せず--の4つの群れに分けて飼育し、11の判定項目からなる老化度指数や自発運動量、平均寿命などを比較した。
抜歯をしてもえさの摂取の量に差はなく、外見上の成長に影響はなかった。しかし生後20週以降、抜歯した三群は、反応症や抜け毛、角膜の不透明度などを数値化した老化度指数が抜歯しない群より高くなり、自発運動量も少なく、老化が早期に進行していた。抜歯部位による差はなかった。
また、老化に伴って全身に沈着するアミロイドたんぱくの有無を生後24週に調べると、抜歯した三群ではすでに沈着がみられ、行動面だけでなく生体の組織レベルで老化が早まっていることが判明。平均寿命も抜歯しない群の84週に対し、抜歯三群は60〜68週と短命だった。
飯沼助教授は「歯の喪失の影響をある程度、実証できたと思う」と話している。
|